Lacrimacorpus dissolvens
カラカラに渇いた喉に、強い酒はしみる。それでもフリオニールは一気に飲み干した。
遠い記憶のどこかで飲んでいたのは違うものだった気がする。おぼろげに浮かぶのは、にぎやかな酒場と苦みばしった炭酸。誰がともにいたのかまでは思い出せない。
床に直接座り、ベッドに背中を預ける。傍らに置かれたランプが、部屋の電球―フリオニールにはよく仕組みはわからないのだが、燃料ではなく雷を使ってつく灯りだ―のかわりにわずか照らしていた。なんとなく、懐かしくて引っ張り出してきたが、今はこのほの暗さが心地いい。
(いやな、夢を見た)
くりかえし、くりかえし目の前で誰かが死んでたった一人になる。もう顔も思い出せない者もいれば、今の仲間たちもいた。夜に光る稲妻のように鮮明に、突き刺さる刃のように痛みをともなって、彼らの様子は心をかきむしった。
原因はわかっている。
今日の戦いの相手は圧倒的な数のイミテーションが相手だった。始めは固まっていたのだが徐々に寸断されていき、気がつけば孤立していた。
体勢を崩し、間合いを詰めてきた己の似姿に槍で貫かれそうになったときに突如視界がやわらかな色に染まった。仲間唯一の少女が身につけているマントの色だ。
認識した瞬間、彼女のわき腹を槍が貫いていった。
ひどくゆっくりと、彼女が地面に倒れていく。じわりとひろがる赤を見て、フリオニールは叫んだ。意味をなさぬ声はまるで獣で、聞いた仲間たちは何事かと思ったのだという。
それから拠点に戻るまでは覚えていない。気がつけば少女に負けぬ傷を負って手当てを受けていた。失われた血と体力を補うために勝手に意識は眠ろうとしていたが、みなが口々にいうことは聞き取れた。
『あんな無茶な戦い方するからだよ』
『…むちゃ?』
『覚えてないのか? お前バーサーカーみたいだったぞ。もうちょっと自分の体大事にしろよ、腹立つのはわかるけど』
『てぃ、なは』
『大丈夫。だからもう、寝るっス』
(本当に、大丈夫なんだろうか)
理性では分かっている。魔法も薬も素晴らしい効果をもつものばかりで、もっとひどいけがも治してきた。それでも、最後に見た少女の顔の青白さは目に焼き付いている。
ぬぐい去るために酒を注ぎ、口をつけようとしたとき。控え目なノックが響いた。
「フリオニール、はいってもいい?」
「……ああ」
かすかに戸がきしんで、ドアが開く。入ってきたのは、髪をおろし夜着をきたティナ。
「やっぱりおきてた」
「もう、大丈夫なのか」
「うん、ちょっとだるいけど」
「ならどうして」
「フリオニールが、泣いてるから」
ちょこんと隣に座り込み、ティナはほほ笑んだ。灯りが小さすぎて顔色まではわからない。
「泣いてなんかないさ。どっちかっていうと、自分に怒ってる。あの時俺が突出しなきゃよかったんだ」
言葉にしてみれば、胸がちりりと焼けた。
「…ごめんね」
「どうして、ティナがあやまるんだ」
すっと視線がそらされる。膝を抱えて、ティナはぽつりと言った。
「悪いことしたら、謝らなきゃ」
「……?」
「フリオニール、みんながけがするとすごく怒るから。自分が傷ついたときより、とっても怒って、自分を責めて…心の奥で、泣いてるから。それを知ってて、私がフリオニールに傷ついてほしくなくて、かばったから。でも、体の傷より心の傷のほうが痛いことあるんだね。夢を見たの。みんなが次々に死んでいって…さいごに残されて泣き叫ぶ夢。たぶん、フリオニールの夢に引きずられたんだと思う。すごく、すごく心が痛かった」
「引きずられるって」
「たまにあるから、誰かの夢をみること。だから、ごめんね。あんなに痛いことして、ごめんなさい」
「もういい」
音もなく泣きだした少女を、フリオニールは思わず抱きしめた。
「もう、いいから」
「でも、私、ひどいことして、なのに、自分ばっかり泣いて、楽になろうとしてる」
「いいよ。泣けばいい。それでティナが楽になるなら。ティナが楽になれば、俺も…楽になれるから」
じわりと目の端が熱くなってきて、フリオニールはティナの肩に顔を埋めた。
(涙に痛みが溶けていけばいいのに)
memento.様にて計画された『2人は一緒のフリティナジャック!』の参加用作品です。ええ、ここぞとばかりに自分ばかり更新して申し訳ありません。「うわこいつのばっかみたくねーよ」と思ったそこのあなた!さあ、フリティナを描いたり書いたりすればいいですとも!そしてこちらに展示させてください。
タイトルはスクォンクという空想上の動物の学名です。「涙に溶ける体」という意味です。スクォンクはとてもみにくい姿でいつも泣いていて、驚きや恐怖にかられると、自分の涙に溶けてしまうんだそうです。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
100228 翔竜翼飛
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